『冬空の下で』
季節は移り変わり、今は冬。
錫也に誘われて屋上庭園に足を運んだけれど、澄んだ空気越しに見える星空は言葉じゃ言い表せないぐらいに綺麗で。
「ねぇ、錫也。綺麗な星空だね……!」
感じたままに言ったら、錫也は「そうだね」と笑って星を見上げた。
「本当に綺麗だ……。ずっとこうして見ていたくなるぐらいに」
「うん」
二人並んで星空を眺める。
私たちの他には誰もいなくて、ただ風の音だけが聞こえてくる。
会話はなかったけれど、私は二人で星を見るこの時間を大切に思っていて、一緒に大好きな星を見られることを幸せに感じている。
(錫也も同じ気持ち……だよね?)
問い掛ければ、きっと錫也は『そうだよ』と返してくれる。確かな言葉としてそれを聞きたいけれど、今はこの静かな時間を壊したくなくて、私は星空を見上げ続けた。
(……本当に、綺麗)
吸い込まれそうな夜空。
飽きることなく見続けていると、ふいに体が身震いした。
「月子……? 寒いのか?」
私が自覚するより早く、錫也がそう口にする。言われて意識すると、ずいぶんと体が冷えてしまっていた。
ここに来るまでは歩いていたからそれほど感じなかったけれど、こうして立ったままだと思っていた以上に寒い。
「……ちょっと体が冷えちゃったみたい」
「それは良くないな。風邪をひく前に、そろそろ帰ろうか」
「あ……」
折角の二人きりの時間。
まだ帰りたくなくて返事を返せずにいると、錫也は少し首を傾げて、それから優しい笑顔を浮かべた。
「……月子、あっちを向いて立ってくれないかな」
「う、うん……」
突然の言葉に戸惑いながら言われた通りにすると、錫也が近付く気配がして後ろからふんわりと抱き締められる。
「錫也?」
「これなら、少しは暖かいんじゃないかな」
「……確かに暖かいけど」
背中に感じる錫也の温もり。私は顔だけで振り向きながら言葉を続けた。
「でも、これじゃ錫也のことが見れないよ」
「……っ。こら、俺のことはいいから、星を見るんだ。月子はまだ星を見ていたいんだろう?」
錫也が浮かべているのは、照れたような顔。
私は抱き締める腕に手を添えて、素直な気持ちを言葉に乗せる。
「星を見ていていたいっていう気持ちもあるけれど、もう少し……錫也と一緒にいたいから」
「お前は……」
今度は少しだけ困ったような顔をして。そして錫也は一度腕を解き、私の前に回ると体を引き寄せた。
そのまま深く抱き締められて、鼓動が速くなる。
「……今夜はもう、星を見るのは終わりにしよう。その代わりに俺だけを見てくれるのなら、もう少しここに残っていてもいいよ」
「え? それってどういう……」
顔を上げた私に微笑み、錫也はゆっくりと顔を近付ける。
視界が錫也でいっぱいになって、星空が見えない。
「こういう事。……目、閉じて」
「うん……」
促されて閉じた瞳には、もう何も見えなくなって。
ふわりと重ねられた唇に、錫也の温もりだけが私の心を満たしていく。
(……不思議。さっきまで寒かったはずなのに、今は平気になっちゃった)
錫也の腕の中はとても温かくて、居心地が良くて――。
「……もう、寒くなくなっちゃった」
何度か重ねたキスの後、そう言って錫也の胸に顔を埋めると、優しい手で髪を撫でられる。
「俺もだよ。こうしていると、温かいんだ。だから……もう少しこのままでいようか」
「うん……」
星空はもう見えないけれど、錫也の温もりをこんなにも近く感じられる。
彼の言葉に頷いて、私はそっと目を閉じた。
(Completion→2009.11.26)