『酒宴の夜に』  (三国恋戦記/雲長×花)



 酒に弱いにも程がある、と雲長は一人溜め息をついた。
 酒宴の度に未成年だからと彼女の元来在るべき世界の制約を主張し、頑なに酒を固辞していた花。だが今夜は彼女が成人を迎えた祝いの酒宴で、出された果実酒を口にし、間もなく酔いを回して雲長にもたれかかりながら眠り込んでしまったのだ。
 自分が酒を勧めたわけではないのに、芙蓉姫には責任を取って部屋まで送り届けなさいと命じられ、玄徳をはじめとした主要な面々にも花の世話を任されて抱き運んでいるが、フニャフニャとした無防備な寝顔を見せている花はあまりに幸せそうで、他の男に任せなくて良かったと思う。
 そう思うと同時に、花に対してそのような思いを抱く意味を自覚せざるを得ず、雲長は再びため息をついた。
 花の部屋に着き、起こさないように慎重に寝台に降ろすと花は身動ぎ、何かを求めるかのように指先が伸ばされ、雲長の服の裾に触れて生地を手繰り寄せる。
 布地を引き寄せればいとも簡単に逃れられるような、そんな軽い力で引き寄せられ、雲長がされるがままにしていると、やがて深い眠りに落ちたようで花の指先から完全に力が抜けていった。
 音もなく寝台に投げ出された手をしばらく見つめ、雲長はそっと花の指先に触れた。
「花……」
 心の奥から生じる愛おしいという感情に、口元に柔らかな笑みが浮かべ――そして静かに目を伏せる。
 そう遠くない日に、花は本に願った思いを叶えて在るべき世界に帰るだろう。その時に、この世界に――雲長という存在に心を残してはならない。
「……おやすみ」
 花の顔にかかる髪を優しくはらい、雲長は部屋を出る。
 ふと吹き抜けた夜風は冷たさを帯びていて、心の奥に在る感情を沈めるには丁度いい。
 一つ息を吐き、雲長は大広間へと戻るべく足を踏み出した。