『春の昼下がりに』 (三国恋戦記/雲長×花)
(あったかい……)
ポカポカと温かな陽気に誘われて、中庭の回廊の壁にもたれながらちょっとだけ……と意識を手放して。
それからどれくらいの時間が経ったのか、ふと人の気配を感じて目を開けると、そこにいたのは雲長さんだった。
私を見下ろしながら、何かもの言いたげな顔をしているのに気付いて、寝起きでぼんやりした思考をなんとか巡らせ――前に『昼寝をするのなら自室でしろ。自軍の地でも寝首を掻かれることがある。だから油断はするな』と注意された事を思い出す。
「あの……ごめんなさい!」
「なぜ突然謝る?」
「え、だってこんなところでうたた寝をしちゃってたから……。前に雲長さんに怒られたじゃないですか。『不用心だ。寝首を掻かれることがある』って」
「ああ……そうだったな。あの時はきつい物言いになってしまったと思う。すまなかった」
「そんな、謝らないでください。例え蜀軍の陣でも命を狙われる可能性があるから気を緩めるなって忠告してくれたんですよね。それなのに、こんな所で寝ちゃって……」
玄徳さんが駐留している城の庭園。その一角とはいえ、誰でも利用できる場所。日差しが暖かくて、春の陽気に誘われてウトウトと眠り込んでしまったけれど、油断してしまっていたことは事実で。
だから『ごめんなさい』と改めて伝えようとすると、雲長さんは私を見ながら何か物思うように眉根を寄せ、唇を引き結んだ。
「……あの、雲長さん? やっぱり怒ってます、よね?」
恐る恐る問い掛けてみると、雲長さんは深いため息と共に私の隣に腰を下ろす。そしてもう一度私をじっと見て、ぽつりとつぶやいた。
「いや、怒ってはいない。ただ、寝首を掻かれるという言葉の意味が、俺とお前とで差異があると思ってな……」
「差異、ですか?」
「そうだ。お前は単純に眠っているところを襲われ、命を狙われるという意味で捉えたようだが、俺が言ったのは――」
話半ばで雲長さんの手が伸び、私の肩を軽い力で引き寄せると同時に唇に指を押し当てた。
「……もし、これが俺ではなく、他の男だとしたら?」
「…………」
俺ではなく、他の男だとしたら……?
言われた言葉を反芻して、雲長さんの意図を考える。命を狙われること以外の、『寝首を掻かれる』という言葉に含まれる別の意味。それと、この距離感の意味は――?
「……はぁ。まだ答えに辿り着かないようだな」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ、そういう所が人に壁を作らないというお前の長所であり、時々危うく感じる所だな。……花。お前は女だろう。こんな誰もが自由に出入りする場所で寝入ったりして、男に襲われでもしたらどうするつもりなんだ」
「……あ」
ハッキリと言われてようやく気付く。男所帯の中にいるとそういう目で見られることもあるから注意するようにと、芙蓉姫や師匠に言われたことを。
「ようやく腑に落ちたようだな。……この世界は俺たちの世界とは違うんだ。常に警戒して自分の身を護ってくれ」
「はい……」
肩に触れていた手が離れ、私の唇に当てられていた指も離れていく。
どこか優しい拘束が解かれて呆けていると、さっきまでとは違う穏やかな声が耳に届いた。
「しばらくここにいるからもう一眠りするといい」
「え……?」
「疲れているのだろう? 目の下に少し隈が出来ているからな」
「……ありがとうございます、雲長さん」
自分の身は自分で護れと言いながら側で護ってくれる雲長さんは、やっぱり飴と鞭を使い分けてくれる人だと思う。
雲長さんの言葉に甘えて、そして甘えついでに思い切って体を寄せてもたれかかると、ポンポンと軽く頭を撫でられた。
「おやすみ、花」
「おやすみなさい、雲長さん」
目を閉じるとドキドキして、でもどうしようもなく温かい気持ちになって安心する。
ああ、この人が好き――。
寄りかかってもいいと許された距離感を嬉しく思いながら、私はそっと意識を手放した。