『今日は離れてやらない』 (月の光 太陽の影/遊佐×美希)



「美希ちゃん、なんか顔色悪くない?」
「え……?」
 食事が終わって片付けをしようと立ち上がりかけたその時に、遊佐さんが私の顔を覗き込んでそう言った。
「もしかして、体調悪いんじゃないの」
「そう言われてみれば、なんか少し寒気がするかも。頭も痛い……みたい」
 言われるまで気付かなかった頭痛が急に鈍く痛み出す。背中に氷を当てられたみたいな寒気に思わず体を震わせると、遊佐さんは眉根を寄せた。
「『みたい』って、他人事みたいに言っちゃって……。ほら、早く横になって」
「わわっ、抱き上げなくても大丈夫だからっ! 歩いていくよ」
 私の体を横抱きにしようとする遊佐さんの手から逃げて立ち上がる。そのとたん、くらりと眩暈がして思わず倒れ込みそうになり、力強い腕に支えられた。
「……美希ちゃん」
「ご、ごめんなさい……」
「いいけど、もう歩いて行かせないからね」
 遊佐さんは有無を言わさずに私を抱き上げてベッドに向かう。
 そして行き着いたベッドに体を下ろすと、布団を肩までしっかり掛けてから額に手を当てた。
 熱の程度を確かめているのだろうけど、触れられる事にいつも以上の安心感を覚える。
 手が離れる時に寂しさを感じて見上げると、遊佐さんはふっと笑った。
「目が『離れないで』って言ってる」
「…………っ」
 見透かされて言葉に詰まる。何も言えずに見返していると、ぽんぽんと数回頭に手を置いて遊佐さんは部屋を後にしていった。
「……子供みたいだったかな」
 立ち上がった時、仕方ないな、なんて顔をしてた気がする。
 私はちょっとだけ自己嫌悪に陥りながら痛む頭に目を閉じて体を休めようとした。夕方からはバイトがある。それまでに少しでも治そうと思って意識を投げ出そうとしていると、リビングの方から物音が聞こえてきた。
 食器を重ねる音に、遊佐さんが後片付けをしてくれているのだと思いながらウトウトとする。
 ゆっくり少しずつ眠気が襲ってきて……そんな時、遊佐さんの気配がして私は目を開けた。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
「ううん。大丈夫」
 遊佐さんが戻ってきてくれた事が何より嬉しい――その気持ちが伝わったのか、優しい微笑みが向けられる。
 じっと遊佐さんを見つめていると、彼は私の髪を梳きながら言った。
「あのさ、バイトと学校は休みの連絡を入れておいたから。今日はゆっくり休もう? それから、これ。家にあった市販ので悪いけど、風邪薬。体、起こせる?」
「ありがとう……」
 少しだるい体を手助けしてもらいながら半身起こし、薬と水を受け取って飲む。
 飲み終わってまたベッドに体を戻し、目を閉じる……と、ギシッと音を立てて遊佐さんがベッドに潜り込んで私の隣に入り込んだ。
「え……?」
 戸惑う私に遊佐さんは微笑み、手を伸ばして頬に触れる。
「今日はオレも仕事オフにしたから。だから、一緒にいるよ。安心して眠って?」
「で、でもっ……、風邪がうつっちゃうよ」
「いいよ、そんなの。それに人にうつすと早く治るって言うでしょ。どうせならオレにうつして、それで一日中オレの看病してくれない?」
 にこにこと笑う遊佐さんは、私を抱き寄せて耳元で囁く
「だからね、美希ちゃんが嫌だと言っても今日は離れてやらないから」
「ゆっ、遊佐さん……」
 困ったけど、でも嬉しくて。
 しばらく複雑な気持ちで遊佐さんを見つめていたけれど、最後には嬉しさが勝って私は彼の胸元に顔を埋めた。












(Completion→2008.3.15)